1997年新卒で入社した佐渡島。富山営業所に配属され仕事に従事していましたが、24歳のときに重たい病気に罹り急遽地元である兵庫の伊丹に帰り療養しました。回復後は会社が体調のことを配慮してくださり実家から近い営業所で営業ではなく、事務職を1年経験しました。一度死と真剣に向き合ったこともあり、「やはり営業をやりたい。どうせやるなら仲介である商社の営業ではなく、メーカーの営業職に就きたい」と自身の素直な想いに従い転職を決めました。転職後も元上司とは繋がっていて、佐渡島の変化を客観的に聞く中で、とてもいい会社になったと感じました。ある時に「戻ってきたら?」と元上司に声をかけてもらい、2019年に出戻り第一号となりました。労働環境について社長自ら改善をはかってくださったそうで、今は本当に働きやすくなったと感じます。
近畿営業所の課長代理を務めています。鋼板など鉄鋼メーカーから仕入れた素材などを問屋さんなどの得意先に卸す営業の仕事と、営業所全体の成績があがるように管理職としての仕事もしています。営業では主に大阪・和歌山エリアを担当していて営業所としては一番メインとなるお客様を担当しています。まだ佐渡島に戻ってきて3年10ヶ月なので経験や知識が足りないと感じることも多々ありますが、なんとかお客様から、社内からも信頼される営業マンになるべく日々奮闘しています。
スピード感と正確さの積み重ね、そして社内の連携を円滑に行うことを大切にしています。日々の仕事の中でどうしてもミスやお客様都合のイレギュラーな対応が必要になることがあります。そのときに一番大事なのはいち早くリカバリーすること。専門商社ならではの関係各所との調整や交渉ごとの中で、信頼される営業でいたいと思っています。そのためにも社内の連携や他部署とのチームプレーは大切で、関係性次第で仕事の効率や得意先からの印象も変わると考えています。仕事柄失敗した時の影響も損害も大きいため、だからこそ速さだけでなく正確さも重視しています。
近畿営業所では昨年3月に4名異動、福岡から1名きましたが実質マイナス3名の体制となりましたが、営業所の雰囲気がよく、報連相がうまくいっていると感じます。一人が抱え込むような状況にならないように、私自身同僚や後輩の子からいつでも相談をしてもらえるような環境・空気感を作ろうと努力しています。上を目指すことよりも、営業所の潤滑油のような役割を自ら率先してやっていき営業所全体の成績が上がるように貢献していきたいと思っています。
佐渡島では自社オリジナル商品なども含め扱う商品が非常に多いことから、お客様の細かなニーズにも対応できる高い提案力が強みです。扱う商品が多い分知識も必要になりますが、知識次第で一流の営業マンを目指せる可能性があり、その可能性を実現できるのが佐渡島らしさであると感じます。
社内については雰囲気がかなり良く、部署など関係なく話しやすい・相談しやすい、そんな雰囲気が佐渡島らしさかなと思います。
所属している部署は担当25社。売上は3社で8割くらい占めていたりします。
子供が小6と小3の男の子なので、キャッチボールやサッカーなどができる近くの平城宮跡などで、一緒に体を動かしています。奥さんと一緒に買い物行ったりも。ゴルフも少々(接待ゴルフはコロナの影響であまりない)。
出社12時までメール・FAXのチェック、対応、見積書の作成、電話応対
休憩在社しているメンバーがいれば一緒に昼食(坦々麺、おばんざい屋さん、和食屋さんとか)
得意先訪問引き合い物件の進捗確認、情報交換
帰社メール、FAX、問い合わせなど対応 扱い商品が多いので商品について教えてほしいという問い合わせが多い
退社
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